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新南陽商工会議所の沿革
 工会議所としての歴史をひも解くためには、古く長く活躍をつづけた商工会を振り返らざるを得ません。
 南陽市商工会の歴史は古く、大正3年11月22日任意団体富田商工業協同組合として発足。当時の新聞(防長新聞)がときおり商工会の動きを記事にしている。その中から少しばかり拾いだしてみると、福川町商工会大正11年5月2日福川座で300余名集めて営業税全廃の講演会開催、富田町商工会大正13年9月(日付は不明)に総会を開いている。
 の後、昭和19年4月1日要港一元化のため、軍部の要請により富田町、福川町は徳山市に合併、昭和20年法律第179号の改正自治法則第2条の規定により昭和24年8月徳山市より分離独立、独立するまでの約6年間の長期に渉る間、富田地区の商工業協同組合として創立以来の伝統と歴史の中断を阻みつつ、活発な活動を続け、中小企業の発展に寄与し、近代的設備を有する大手企業工場の誘致、また中小企業の育成指導に不断の努力を払った。
 和28年町村合併促進特別法の発布により山口県第1号として、同年10月1日近隣の福川町と合併し南陽町として発足した。昭和30年11月佐波郡和田村を編入合併、時を移さず、南陽町商工会と改称。現在の山口県商工会連合会設立についても、昭和34年11月22日南陽町で設立発起人会を開催。その後1週間後に南陽市で総会提出議案策定委員会開催。発起人会から創立総会までの期間主導的な役割を果たしたのが南陽町商工会であり、山口県商工会連合会の発祥の地といわれるゆえんである。
 和35年「商工会の組織等に関する法律」に基づき、任意団体であった商工会も同年8月13日許可法人組織に改阻し、昭和45年11月1日市制施行により、新南陽商工会と改称した。昭和56年3月には地域商工業の発展に伴う業務拡大から組織運営の拠点となるべき商工業者のシンボルである商工会館が新築落成した。

新南陽商工会議所の沿革
商工会議所のマークについて
商工会議所の使命
商工会議所には、
次の4つの特色があります
会員の権利と特典
議 員(定数80名)
議員総会
役  員
常議員会
部 会
委員会

 

商工会・・・そして新南陽商工会議所誕生まで
 数年来より念願であった商工会議所設立の気運が昭和59年頃から一挙に高まり、同年9月に商工会議所調査委員会を設置し、商工会議所移行に向けての調査研究を始める。昭和63年6月には、市政施行20周年に向けて商工会議所設立をめざすべく設立準備室を開設し市内経済会の総力を上げて、商工会議所設立に向かっての本格的な第一歩を踏み出した。 平成元年5月開催の通常総代会において商工会議所設立を議案提出し、満場一致で承認可決。 以降、通商産業省や関係機関からの事務的指導を基に、組織率の向上、事業の拡大、財政ならびに事務局体制の確立などに取り組み、平成2年9月に通商産業省から設立許可着手の許可がおりた。この許可に伴い同月、設立発起人を構成し、平成3年1月に商工会議所創立総会を社会文化ホールにおいて開催。まる2ヶ年余りの設立準備期間を要し、平成3年4月1日に設立登記を完了し、ここに新南陽商工会議所が誕生したのである。

 

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