西国七社明神 崎八幡宮

由緒書によると和銅2年(709)八月新南陽市富田河内の神室山に神が降臨され、これを祀りました。また一説には豊前国宇佐より御分霊を祀ったとも言われています。その後宝亀元年(770)11月に現地に御鎮座され「江宮」と称し、神仏習合の時代になると真言宗の荘宮寺と習合し「荘寺八幡宮」と呼ばれていました。明治維新により神仏分離の時、山崎八幡宮と御社名を改めました。その間平安時代の大同元年(806)と江戸時代の宝暦7年(1757)に再度火災があり、社殿・宝物・古文書等は全て焼失。現在の社殿は明治9年(1871)に再建されたもの。明治4年に郷社となり昭和5年には県社に昇格されました。
 
山崎八幡宮
 
本山車は秋の風物詩 秋季例大祭(本山神事)

元禄時代(1702年頃)から続く本山神事は、組み立てに釘を一本も使わず約450Kgのカズラで結び、車輪に松の輪切りを用いるなど古来のしきたりを残す山車の引き落としが勇壮です。山崎八幡宮本山神事に係わる山車は市指定文化財となっています。
 
山崎八幡宮


観光のトップへ